秋が少しずつ深くなってきて、早朝の硬い外気が肌に心地よい季節になった。特に風呂上りの火照った体で薄いTシャツ一枚になってぶらぶらと歩いていると、見慣れた街の佇まいまでもなぜか新鮮に見えたりする。とはいうものの、いまや健診でE判定が出てしまうようになった貧血のせいか、心地よさを感じていられる時間は長くはなくて、しばらくすると手足が冷たくなってくる。私を直接知る人の多くは、なぜかこういう話をすると不審そうな顔をするか、微かに笑うかのどちらかになる。スーザン・ソンタグに「隠喩としての病」という著作があるが、この著書の中でソンタグは、結核とガン、HIVなどを例に、病にまつわるさまざまな隠喩について書いている。隠喩が生まれるということは、病という姿の見えないものに顔が付けられるというようなことだろう。人の想像力というのは良くも悪くもたいしたものだと思うが、病にまつわる隠喩は、 それが深刻なものであるときには、その病と病に犯された人について社会に大きく歪んだイメージをもたらしてしまうから、感心ばかりしてもいられない。ちなみに、それほど深刻なものではなくても病にまつわるイメージという奴は、当事者にはいい迷惑だ。知人が私の口から貧血と聴いて表情を変えるのは、私にはそれがちっとも似合わないと思われているからである。そんなに血の気が多いと思われてしまうというのは、もちろん私が悪いのだろうが。
ところで、このちょっと冷える感覚というのは、肉体的な感覚とばかりとは言えない気がするのだが、どうだろうか。かなり古い建物だったので、生家にはちょっとした茶室があって、普段はほとんど人が入ることはなかったが、度の過ぎる我侭を言ったりして祖父母を怒らせると、泣き止むか謝るまでそこに入れられた。薄暗くてちょっと黴臭くて、そういうときにはこちらもかなりの興奮状態だから何も感じなかったが、少し大きくなってから、家族が留守の時に何かの気まぐれで中に入っていくと、ふっと気温が下がるような気がした。ひと気がないということも関係して本当に他の部屋よりも温度が低かったのかどうか、今となっては確かめようもないのだが、ついでに気分までがすっと静まったような気がしたのは確かである。真偽はともかくとして、あれは体感的な温度の差だったというよりは、空間の造りが精神に作用したものだったと、今では思っている。
学生になって、画廊や美術館や博物館で、田舎町では想像もできなかったほどの量の、いろいろな作品や展示物を見るようになって、一番困ったのは、実は良くわからないものがほとんどだったということである。理解できないから、解釈しようとする。なるほどと思うか思わないか、いずれにしてもますます彼我の間に何重もの壁が張り巡らされることになってしまう。そういう時に、ある作家の、インスタレーションと呼ばれる画廊空間全体を使った表現に出会った。ひとりでその画廊(作品)の中に入っていって、しばらくすると、すっと周りの空気の温度が下がったような気がしたのだ。以来、音でも絵画でも建築でも、そういう感覚を持つことができるかできないかが、私の指標になっている。有名とか無名とか、押さえた色調だとか単純な形態だとかいうこととは、もちろん関係のない話である。「隠喩としての美術」ではないのだから。
似合う、似合わないはともかくとして、肉体的にこれ以上冷え性になるのはちょっと困るのだが、感覚的には、そういうちょっとした温度差が感じられなくなるのなら、あまりホットにはなりたくないものだと思う。無口なボケ老人になることが、夢である。

