今年もいつもの年と変わらず、ずいぶんいろいろな出来事があった。こんなのんきなことを書いていられるのも、今年一年、取り返しのつかないほどの大きな事件が私の身の回りに起きなかったからで、それがいいことなのかそうでないのかはよくわからないが、いつもこうであるはずはないという確信だけは、捨ててはいけないと思う。不景気だ、不景気だという声も最近は少し鳴りを潜めたようで、見当もつかない単位の金額が企業買収に関わるニュースで報じられ、メディアは面白半分にセレブなる言葉を作り出して、その取り巻き連中をおだて始めた。一方では、下流社会などというタイトルの本が売れ、団塊ジュニア世代以降の、必ずしも経済的なことに限らず、自分自身の将来展望に異様に楽観的な人たちに注目が集まり始めている。一方では、たびたび役人の税金の無駄遣いや、企業の不正や、故意や過失による大事故が報じられても、どれもこれも一過性の出来事のように扱われ、間、髪を容れず、目新しい次の話題が提供されて消費されていく。
ところで、1980年代半ばからのバブル期といわれた時期に、私はその影響から限りなく遠いところにいた。経済的に成功したいという気持が強い人は、そもそも美術家になろうなどとは考えないものだろうし、図らずも作品がマーケットに乗ってお金持ちになったり、美術団体の親分になったりした人で、いつのまにか人相が変わってしまったというのは何人も見たことがあるが、幸か不幸か私はそのどちらとも縁が無かった。だから、その時期のいろいろな社会現象は完全に外側から傍観していた。隣の芝生は青く見えるということわざがあるが、はるか遠くにある芝生は青かろうが黄色かろうが気にもならない。ガキが似合いもしないアルマーニを着ているのも、小さなアパートの駐車場にBMWが停まっているのも、それに羨望も反感も別に感じなかったが、それでも、何となく世間を覆っている気分のようなものは感じていた。なぜかその頃から、美術大学を出たての若い作家の展覧会の会場で、その作家の知り合いと思え人たちと作家との会話の中に、展示されている作品の感想や批評めいた言葉が、ほとんど聞こえなくなってしまった。まるで仲のいい友達同士のパーティーか同窓会のような雰囲気なのである。作品を作って人に見せるというのは、結構エネルギーと覚悟が必要なことだった私には、それを見る人が何も反応を見せないということはとても恐ろしいことだったから、私にとってはあまり愉快なことではなかった。工業製品に限らず、人と人との関わりまでも軽薄短小へ志向していく、あれもひとつの気分だったのかもしれない。
今年は、第二次世界大戦の敗戦から60年目だという。8月をピークに、毎年恒例の特集番組や記事がメディアにあふれていたが、こんなに悲惨だったという体験談は、年々リアリティーを失っていっているような気がする。私の両親は、もちろん私が生れる前の話だが、戦前から終戦後まで東京の葛飾区、小岩に住んでいたそうだ。父は木更津の航空隊にいて、二人の姉と祖父母と母が一緒に暮らしていた。だから、戦後になってそこを引き払って帰り住んだ山陰の家にも、小岩の家の庭の池に落ちてきたとかいう高射砲の弾の破片や、降伏を勧める米軍の撒いたビラなどがあって、私は、祖父母からしょっちゅうその頃の話を聞かされて育った。少なくとも身近には、戦争もなかなかいいもんだぞという人はいなくて、二度と起こしてはいけないという文句で話がいつも終わった。ただ、それじゃ何でやっちまったのかという質問には、何だかよくわからない答えしか返ってこなかったような気がする。最近、何気なくある本を読んでいたら、開戦直前に軍の上層部で、日米の戦争遂行計画に直接携わった人たちの作成した書類には、既に長く続いていた中国での戦争は、戦争として記述されていなかったという部分があった。正式な宣戦布告も無く、日本の権益を守るための自衛的派兵による軍事衝突なのだから、戦争ではない、事変だと。これは軍の一部の人たちの特殊な考えではなくて、世間の一般的な気分だったのではないか。国際的に非難され、対中国では優勢な立場だった日本人の心の中には、どこかプライドと一緒に、弱いものいじめの後ろめたさのようなものがあったのかもしれない。そして日米開戦の選択。日露戦争以来最大の強敵アメリカと、今度こそ大義名分をかけて戦うぞという気分が、確実に指導者の後押しをしたのだと考えると、祖父母や父たちの、軍隊にだまされたという歯切れの悪い言い訳にも何だか説明がつくような気がする。
北朝鮮によるいわゆる不審船の事件や、拉致事件が明らかになって以来、政治家やオピニオンリーダーの一部に、東アジアの国々にこのままなめられていいのかという、やけに感情的な言葉が目立つようになった。その手の意見に同調するような雰囲気も、世間に出てきている。特に10代・20代の人たちにそういう意見が強いそうだ。政治やマクロ経済の動きは、日ごろの私の生活にはほとんど何の影響ももたらさないように見えるが、だからこそ気づいた時には遅い、ということぐらいは知っている。不景気の気分もバブルの気分も、自然発生に見えてそうではなかったように、今も誰かがこういう気分を作っているのだろう。ひょっとしたら、あおっているその張本人たちも気づかないままに。気分というのは、匂いに似ている。ほんのわずかな変化には、そこに長い間いるほとんどの人は気づかないが、一度窓を開けて外の空気を吸うと、はっきりと気づくものだ。会社や学校などという小さな社会の中でも、知らぬ間に気分が決めてしまっていることは、ずいぶんあるに違いない。
ちょっと重たい話になってしまった。

