夢を見ない夜はないらしい。目覚めた時に憶えているかいないかの違いがあるだけで、人は必ず寝ている間に夢を見ているという。犬も、寝ている様子を観ていると、明らかに夢を見ているような仕草をするが、一体どの程度の知能の動物まで夢を見るものなのだろう。目覚める寸前に見た夢を、はっきりと憶えていることもあれば、憶えていたのに、間もなくするとまったく思い出せなくなってしまう夢もある。パソコンで保存処理をしなかったデータは完全に消えてしまうが、人の脳は、実は、ありとあらゆることを記憶してストックしているものだという。憶えていないという感覚は、本当は憶えていないのではなく、ただ思い出せないだけだということらしい。夢判断などには興味が無いから、夢が何を表しているかなど知りたくも無いが、大体において精神的、肉体的ストレスが、覚醒時の制御から開放されて思うが儘に飛躍して、実際の体験に基づいたイメージに、無秩序に結びついてしまうのが夢というものだろう。その無秩序に結びつくという辺りに創造の妙があって、私の場合は、そこに楽しい飛躍がほとんど無いのが残念である。飛躍どころか、現実のストレスのそのままの反映だったりするから困ったものだ。
ものごとは、人が無意識に見たいと思っているように見られてしまうもので、同じ風景を複数の人と一緒に見ても、見ているものは一人一人違う。後になって感想を言い合ったりすると、無意識に相手の話していることに同調しようとするから、同じものを見て同じことを感じたように錯覚してしまうのだが、厳密にはそんなことはあり得ない。だから、自分の作品は、人に本当のところどう見えているんだろうということには、興味がある。観客に直接聞いても、そういう会話にはいろんな政治性が働くから、大人は本当のことは喋らない。無防備な子供は、案外すんなりと素直な感想を言ったりするが、大抵ピントがずれている。そんなことを何となく考えていたら、作品に目を向けた人が、そこで見たものに即座に形を変えてしまう作品、というものを作った夢を見た。
ひとつの作品の中にあるさまざまな要素の中で、見た人が興味を持った一部分だけが勝手に脚色された形で残り、後は見事に消えてしまうのである。具体的に現実のものの形を再現している作品ではないから、見ている人が作品から連想していることまで反映してしまう。要するに誤解されておれば、それが一目でわかるわけだ。目が覚めたときは、夢の中に出てきたこの作品は、前代未聞の大傑作だと思ったが、美術作品が、作家の表現したいことの反映ではなくて、それを見る人自身の感性を映し出すものになるとしたら、こんな恐ろしくて詰まらない作品は誰も見なくなるに違いない。
恋愛は美しき誤解であると言った人がいるが、恋愛を美術に置き換えてもこれは真理で、いかようにも誤解してもらえる作品ほど人に愛されるものだ。私は人様にあまり誉められたことは無いが、数少ない体験でもそれは実感していて、作品について好意的に言われたり書かれたものであればあるほど、その中身は当の本人が考えもしなかったことだったりして、びっくりするものである。驚いているうちはいいが、そのうち自分でもそれが自分の作品の良さだなどと思い込み出すと、後は苦しくなる一方だから、なるべくそういうのは無視するほうが懸命である。その伝で言えば、自分に好意を持ってくれる異性が、あまりに美しい誤解をしかも盛大にしていることに気づいたら、きちんと裏切ってあげるのが礼儀というものかもしれない。残念ながら私の場合は、女性からシリアスな誤解は散々されたことはあるものの、美しい誤解をされた経験は必ずしも豊富ではないから、これについて語る資格はあまり無い。ただ、無闇に誤解を一掃してしまうと、世界はひどく味気ないものになることは間違いないと思う。自惚れ鏡というのがあって、ほんの少し細身に映る鏡のことだが、これをショップに置いておくと服の売れ行きがずいぶん良くなるという。
シリアスなほうの誤解は一生解けないという場合もあるが、美しいほうはそのうち必ず化けの皮が剥げる。何百年も化けの皮が剥げない作品は、だから名作なのである。恋愛も適当な時期に誤解が解ければいいが、解けないまま結婚したりすると後が大変である。何十年も化けの皮が剥げないような名作はほとんど無いという点は、美術と同じだからである。以前、面白い話を聞いたことがある。とりあえず二人で映画を見に行くことにする。ずっと同じタイミングで笑えた人なら、先々たとえ化けの皮が剥げまくっても、一緒にいることがそれほど苦痛にはならないとか。嘘か本当かは知らないが、まんざら見当違いの話でもないような気がする。ちなみに、私は昔、憎からず思っていた女性とやっと親しくなれて一緒に映画を見に行った時、他の人はひとりも笑っていないときに、私だけ一人でへらへら笑っていたので、恥ずかしいから二度と一緒に行かないと言われたことがある。もちろん振られた。

