最近、ホウレン草のカレーに凝っている。私は、仕事に出かけた日の夕食以外はほとんどを自分で調理しているので(ちなみに妻はいるし二人の子供は女で、彼女たちはそろって料理は得意である)、基本的に口に合わないものはめったに食べないが、最近の大ヒットがこれである。牛の頬肉を1日かけてとろ火で煮込み、その煮汁をベースにして、軽く茹でたホウレン草を電動カッターでペースト状にして、同じくペースト状にした玉葱をほとんど水分がなくなるまで気長く炒め、頬肉をブロック状にして入れ、自分で調合したスパイスと数種の調味料で味を調える。ご飯と一緒に食べるのも悪くは無いが、小さめの器に入れてそのまま食べるのがよい。

男のすなる料理というものは、バーベーキューとか鍋物とか休日のイベント程度のものと大抵相場は決まっているが、私のレパートリーは和・洋・中のメジャー系から、エスニック、再生不能の一回性が売り物のインプロビゼーションまで幅広い。料理本などのレシピを見て作ったことは無く、基本は舌の記憶に頼った再現で、後は飽くなき研究心。一人暮らしの学生時代には、既に梅干やラッキョウなどを自分で漬けていた。だからと言って、いい歳をしていまだに自分で料理しているなんて気の毒に、と思われるかもしれないが、べつに食事も作ってもらえないほど家族に虐げられているわけでもないし、弱みを握られているわけでもない。料理がちょっと得意で、好きだからそうしているまでのことである。第一、男だからといってろくに料理もしないというのは、臆面も無く幼児性を丸出しにしているだけではないか。

そんなに料理が好きなら、どうしてそれを仕事にしなかったのかとか、酷い奴には、あなたの作品も悪くは無いかもしれないが、あなたの作る料理は間違いなく旨い、などと言われることがあるが、余計なお世話である。好きなことを仕事にしている人は幸せだという。本当は、二番目に好きなことを仕事にしているのは幸せだというべきなのである。プロというのは、素人には真似の出来ない高いレベルのことができるだけでは駄目で、相当なレベルのことがいつでもできなくてはならないものだ。だから、一番好きなことを仕事にしてしまうと、絶対に下手なことはできないという緊張感から、お気楽に好きとは思えなくなってしまう。そんな愚かなことはしない。

三島由紀夫が、ある本の中で、フランスの文芸批評家チボーデを引用して、こんなことを書いている。「小説の読者にはレクトゥール(普通読者)と、リズール(精読者)とがあり、小説のレクトゥールとは、小説といえばなんでも手当たり次第読み、趣味という言葉の中に抱合される内的、外的のいかなる要素によっても導かれていない人であり、リズールとは、文学というものが仮の娯楽としてでなく本質的な目的として実在する世界の人だ。」この伝だと、私は料理に関しては完璧なレクトゥールである。グルメですらない。三島は、続いて次のように言う。「作家たることはまたリズールたることから出発するので、リズールの段階を経なければ文学そのものを味わうことができず、また味わうことができなければ、自分も作家となることができません。しかし依然としてリズールたることと、作家たることの間には才能という摩訶不思議な問題があり、また人間の持って生まれた性格や運命があって、絶妙のリズールでありながら、ついに作家たり得なかった人もあれば、大作家でありながら非常に偏見に満ちて、自ら他の小説に対してリズールたることを拒絶してきた作家もあるのであります。」うーむ・・・。

美術に関しては、自分をレクトゥールだとは思ったことは無いが、「リズールたることと、作家たることの間には才能という摩訶不思議な問題があ」るなどと言われると、「作家たること」って何だい三島さん?と聞きたくもなる。こういうちょいと不遜なところはいかにも三島という感じだが、それはそれとして、職業として美術に関わろうとするなら、リズールの眼力を養うことに本気で取り組む必要はあるだろう。私が、私自身の経験から言えば、小・中・高校の美術教育で最も欠落していると思うのは、鑑賞教育だ。それは仄聞するところ、今でもほとんど変わっていない。そればかりか、美術の専門教育の場でもそれはとても不足していて、自分の身近なところにあるものの中で、どれがどれよりちょっとマシかという程度のことしか教えない。

教えているほうの鑑賞力がないのだから、それは致し方ないと言われればそれまでだが、作品を黙って見せておけば自然に良さが解るようになるなどと、いんちき古道具屋のオヤジみたいなことを平気で言ったりする。どう感じるのも個人の自由だということと、どう感じてもすべてまともだということは違うのだから、何を見るべきか、どこを見るべきかをきちんと伝えて、それを敷衍していく経験を積ませていかなくては、作品を見る目は養えないだろう。味覚音痴でも、レシピさえ知っていれば料理は人に教えられるが、美術はそうはいかない。

飛び魚の美味しい季節になってきた。刺身もお吸い物もどちらも美味しい。そろそろ終わりの時期の近づいた竹の子を、鰹出汁で薄味に煮て山椒の葉を手のひらでパンと叩いて上に散らし、甘皮の酢味噌の和え物と一緒に食べようか。白海老の掻き揚げもちょっといい