既成事実を作って、密かにそれを積み上げて、引くに引けなくなってきた頃に突然他人を巻き込むというやり方は、決して誉められたものではない。それどころか、あくどい手口とさえ言える。大抵そういうやり方は、周りから観ているといかにもミエミエなものだから、そんな手に乗るもんかよと思っていたのに、まんまと乗せられてしまった。

ある日妻が、どこかに小さな畑を借りて野菜を育て始めたと言った。以前住んでいた家の近くにも、住宅地の中にかろうじて残っている農地を、10坪程度に仕切って素人に家庭菜園として貸し出し、花や野菜を作らせていた農家があったが、そういうものに、私は一度も関心を持ったことは無かった。農業を仕事にするのならともかく、たまの休日に長靴履いて小さな畑で野菜を作るという構図が、ひどく緩く見えて、どうせ外で体動かすのなら、小さなボートでも手に入れて沖に出て魚でも釣ったほうが、いくらかは緊張感があって面白いだろうと思っていた。ただ、そんなことを始めるには当分暇も金も無いから、何もせずにいた。

妻は、友人が同じ場所で畑を借りて野菜作りを始めたのを聞いて、自分もその気になったようで、畑の様子を話して、しきりに一度行ってみようと私を誘うのだが、別に興味は無いし自分で勝手に始めたことに人を巻き込むなと、半年ぐらいの間、私は無視を決め込んでいた。ある日、紫蘇の穂がたくさん出てきて自分一人ではとても取り切れないし、野菜を採り終えた場所を耕さなくてはいけないから、悪いけどちょっと手伝ってくれないかと、やけに下手に出て頼んできたのを断りきれず、渋々その借り物の小さな畑に足を運ぶことになった。私も農家の出ではないが、妻も会社勤めの家の出で、しかも田舎暮らしの経験は無いから野菜作りの知識などあるはずも無く、かなり出鱈目なことをしているのではないかと思っていたが、想像以上だった。

野菜の苗は、成長した状態と比べるととても小さい。それでも多少想像力を働かせれば、どれくらいの間隔に植えればいいか判りそうなものだが、どうやら苗の大きさで判断して植えたものらしく、あちこち酷く密生している。なかでも、紫蘇は、穂がつくぐらいに成長すると、スーパーで可愛らしく葉をまとめて売られている姿からは想像できないほど、野蛮なぐらい大きく繁るから、景気よくあちこちに植えられた紫蘇に、狭い畑は無秩序に征服されてしまっている。他にも、季節の変わり目に、たまたま空いたところに思いついた苗を植えるから、どこに何があるかさっぱりわからない。ふと見ると、一部に畝らしきものが数条作ってある。しかし、なんと畝の谷間に苗を植えている。少しは周りの畑を見渡して、自分が変なことをしていないか確かめればいいじゃないかと言っても、そおかぁーと言って、気にする風でもない。

ロープで仕切られた隣の畑は、とても素人の技とは思えないほど整然としていて、しかもできている野菜も堂々と貫禄がある。聞けば生まれが農家で、ある年齢になってから畑仕事が懐かしくなって始めたという人らしく、妻は何度か顔を合わせたことがあるらしい。畝の谷間に苗を植えているような非常識なやつには、忠告するのも馬鹿馬鹿しいと思ったに違いない、特にアドバイスを貰ったことは無いという。クラッシック音楽というのは、とても構築的なもののように思うから、音楽家は、もう少し計画性を持っているのかと思っていたが、妻を見ていると、一概にそうとは言えないものらしいということが今更ながらよく解る。それとも、私が作品を作るときだけ几帳面なように、演奏している時だけ別人になるのだろうか。

とりあえず、収穫するものは収穫して、一度畑全体のレイアウトを作り直すことにした。近くのホームセンターで金鍬と三本備中という鍬を購入し、(それまではほとんどの作業を園芸用の移植ゴテでしていたらしい)全体を掘り起こしてから大小八ヶ所ぐらいの床を作り、間に通路を確保して畝を作る。一部は苗床用に、アルミの支柱を曲げてビニールをかぶせ、かまぼこ型のドームを作る。腰痛がちらちらと顔を覗かせるのを我慢しながら、汗だくになって作業していると、横で、掘り返した土の匂いはいいだの、元は硬かった土が生ゴミから作った堆肥でフワフワになっただのと、妻は上機嫌である。しまった、乗せられた!!と気づいた時は既に遅く、すごい!!畑みたいになった!!とテキは妙な関心をしている。

以来、たびたび私は休みの日に畑に拉致され、使役されている。やっているうちに案外面白いものだと思うようになったかというと、そうは思わない。確かに収穫直後の野菜は旨いが、畑仕事は相変わらず面倒臭いし、億劫である。しかし、一切手を引いてしまうと、畑が一面またあのアナーキーな様相になっていくことを考えると、なんだかそうするわけにはいかない気がする。欽ちゃんともガチャピンとも似ていると言われる、件のMファンドの主ではないが、だって見ちゃったんですよ!!というところである。

MARRIAGE [結婚生活]/ n. あるコミュニティーの状態・条件。男主人1名・女主人1名・奴隷2名で構成されるが、全員足し合わせても2名にしかならない。 アンブロウズ・ビアス[悪魔の辞典]より