事務所のすぐ近くにあるS公園で、「ヨコハマカーニバル」とかいう祭りの、これまた意味の良くわからない「ハマこい踊り」というのを、スピーカーから大音響を流してやっていた。ちょっと仕事の合間に近所のコンビニに行くと、若いお姉さんやら若くも無いおばさまが、国籍不明の衣装に決まりの化粧をして、鼻筋に白い線を引いて、はしゃぎながらたくさん缶飲料を買っている。土佐の「よさこい」のもじりだろうが、こういう自治体がでっち上げた若者にこびた祭りというのを、私はどうも好きになれない。スピーカーの音量といい、煽り立てる声といい、右翼の街宣車のそれと不思議に酷似している。近くに朝鮮総連があるためか、時折、だみ声でやたらに語尾を延ばして、なにやら大声でわめき散らす右翼の大群が表通りにやってくるので、一瞬またか!!と思ったほどだ。原色を多用した揃いの衣装を着て、大勢が決められた振りで踊るというのも、なんだか、一糸乱れず団結してみんなでやるんだ!!みたいな雰囲気で気持ち悪い。この手のイベントは、全国のあちこちでやっているらしいから、結構集客力もあるのだろうが、こういう、人畜無害の癖にちょっと破目を外した若者のエネルギー満載の官製イベントってやつには、団塊世代の私はかなり強いアレルギーがあるらしい。
夏祭りといえば、子供の頃に私の住んでいた街の小さな天神様で、毎年、夏休みに入るとすぐに夏祭りがあった。天神様は、私が通っていた小学校に程近い場所にあり、神社の裏手から数百メートルも行けば湖だった。私の家からは、直線距離にしてせいぜい300メートルくらいしか離れていないので、湖からの西風に乗ってサーカスの流す定番の「天然の美」とかいう音楽が、一日中聞こえていた。古い神社だったから、ずっと昔から毎年行われてきた祭りだったのだろうが、当日は、一体どこからこんなに人が出てくるんだろうと思うほどの人出で、天神様の鳥居のずっと手前の商店街から、通りは人の流れでいっぱいで、ただ歩くだけでも大変だったような記憶がある。天神様の境内のすぐ裏手にはかなり広い空き地があって、そこには、なん張りものテントに見世物小屋だのサーカスだのが来ていて、それを取り囲むように、懸賞付きの詰め将棋や金魚すくいや綿菓子屋や焼きイカ屋など、ありとあらゆる夜店が出ていた。
サーカス小屋の大テントの建設は、祭りのひと月ぐらい前から始まる。そして、その前、六月の中頃、決まって何人かの転校生がやってきた。サーカスの団員の子供だった。普通は転校生に対しては、必ず面倒見のいい子がどのクラスにもいて、その子を通じて比較的短い時間に友達になれたりしたが、サーカス団の子は、私たちには一種独特の近寄りがたい存在のように見えていた。年中旅をしているせいだろうが、どの子も自分たちよりずっと大人びていて、慣れない教室の中でも怖気づくことなく堂々と振舞っていた。幾つかのサーカス団が毎年交代してやってきていたから、同じ子とは、何年おきかに夏に再会することになる。転校してきて少し時間が経つと、それでも勇気のある奴が友達になる。そうするといつの間にか、○○のお父さんは丸籠の中のオートバイ乗りだとか、△△のお母さんは空中ブランコに出るとか、いや綱渡りだとかいう話が伝わってくる。本祭りの二週間ほど前からサーカスや見世物小屋はオープンしていて、その頃に、学校行事としてサーカス見物の日が設けられていた。そのときには、私たちには、サーカス団はすっかり自分たちの学校の代表選手のような存在になっていて、演技のひとつひとつへの期待の風船はパンパンに膨らんでいた。もちろん成功への賞賛は最大限のものだった。サーカス見物の後、以前にも増してクラス中の注目を集めるようになり、引っ込み思案な子までが友達になりたくて近くでモジモジし始めた頃、学校は夏休みになる。サーカスの子は、二学期が始まったときには、他の学校に転校して行ってしまっていた。
最近のサーカスは、ショウ・アップが進んで三次元の空間全体が見事に演出されている。豪華で清潔で、生活臭などほとんど感じることはできない。私がそうして毎年見に行ったサーカスは、演技と演技のあいだがひどく間が空いていて、見物席と演技とがすぐ近くにあって、テントの中は、強烈なと言っていいほどのライオンや象などの動物たちの体臭や排泄物の匂いが立ち込めていた。本の中に出てくるような、ひとさらいにさらわれてサーカスに売られるとか、体を柔らかくするのに酢を飲むだとかといった、サーカスにまつわる隠微な噂は、転校生のお陰で私たちはまったく信じていなかったが、サラリーマンと商店主の親が半々くらいだった私たちには、そのテント小屋の中で寝起きしているというサーカス団の人たちの生活は、自分たちの街の外の世界と、なぜか大人の世界を強くイメージさせるものだった。西日の差し込む、居た堪れなくなるほど暑い二階の部屋で、サーカスから流れてくる調子っぱずれのクラリネットやサキスホンを聞きながら、私はどんな大人になろうと考えていたのだろうか。

