久し振りにH.D.ソローの「森の生活」を読んだ。この本を読むのは、これでかれこれ7‐8回目にもなるだろうか。記述の内容を確認するために、何度か一部だけ目を通す本は他にもあるが、ここまで繰り返して、しかも毎回最初から最後まで読む本は他には無い。この本を初めて手にしたのは高校生の頃だったから、もう40年もお付き合いをしていることになる。今手許にあるのは三代目である。初代は高校を卒業して実家を出た時にそのまま置いてきて、二代目は何度かの引越しの際に紛失して、これは数年前にどうしてもまた読みたくなって購入した。ソローは、1817年生まれのアメリカのナチュラリストだ。「森の生活」は、ソローがハーバード大学卒業後数年間の教員生活の後、28歳の時から2年2ヶ月のあいだ、マサチューセッツ州にあるウォールデンという湖の側に小屋を立て、自給自足に近い生活を送りながら、思索の日々を過ごした後に出版したもの。150年も前に書かれたものだけに、時代背景などの理由から違和感を覚える記述も無いではないが、一部には熱狂的なファンもいて、ソロー学会なるものもあるようだ。私自身はナチュラリストではない。主な移動手段は車だし、いい歳をしていまだにオフ・ロードタイプのオートバイを跳ばし、料理は電磁調理器でしている。そんな奴がソローを読んでどうするんだと言われるかもしれないが、どうもしないから別にいいのである。

本が読めるようになってから今までの私の読書の総量は、同世代の他の人と比べて幾分多いほうだと思う。何かの研究者というわけではないから、整然と系統だった読書ではなく、典型的な乱読である。母や姉が読書家だったこともあって、もの心付いた時には、家の中にはさまざまな本が大量にあった。少年少女向けの、いわゆる児童書の類はほとんど記憶が無く、あっても旧仮名遣いだったりしたような気がする。だから、今になって思えば、その歳でそんなもの読んでもわかるわけが無いではないかというものを、片端から暇つぶしに読んでいた。ドストエフスキーの「罪と罰」などは、あまり盛り上がらない推理小説を読んでいるような気分で、小学四年生ぐらいのころに読んでいたりした。本と接するのに、いい接し方とか悪い接し方などというものがあるとは思えず、本など、好きなように読んで好きなように読後感を持てばいいと思うが、基本的に私は、本から教訓を得たいとは思わない。共感する記述があったとしても、それは、筆者の持つ生活や意識の背景のほとんどを知らないにもかかわらず、たまたま自分に都合のよい(あるいは都合の悪い)断片を掠め取っただけのことで、所詮は我田引水の謗りは免れないし、どうせすぐに忘れてしまうからだ。本とは、豊穣な時間を持てればそれでいい。

この本には、ところどころに都市生活から一定の距離を置いた人特有の、文明批判のような記述があるが、私が興味深く思うのはそういう批評的内容よりも、まるで優れた画家のスケッチのような、例えば次のような記述だ。

”鳥の羽根や翼は、さらに乾いた薄い葉だ。このようにして、地中のずんぐりした虫から空を羽ばたくチョウまでたどることもできる。地球そのものも絶えず自分を超え、変形させてその軌道を飛ぶようになる。水でさえ繊細な水晶のような葉からはじまるのだ。それはさながら、水中の植物の葉が水の鏡に刻印された型に流れ込むようなものだ。樹ぜんたいも一枚の葉にすぎず、河はより大きな葉であり、その葉肉はそのあいだにはさまれた陸地だ。そして、町や都市は葉の付け根に産み落とされた虫の卵ということになる。”

ソローが、視覚だけに依存せずに、全身の感覚器をゆったりと開放することで感応した世界からの思索が、棚の奥にしまいこまれた古酒のように潜んでいる。

県庁所在地でもあった小さな地方都市で育ったので、私の生家から徒歩で10分以内のところに、最盛期には6−7軒の映画館があった。もちろん、だからといって普通は子供がしょっちゅう出入りできるものではないが、幸か不幸か私の家の向かいに、曽田さんという、デザイナー兼映画の看板描きという人が住んでいたために、私はほとんどフリーパスで映画館に行くことができた。初めて観た外国映画は、スペンサー・トレーシー主演の「老人と海」だったと思う。字幕のスーパーがすべて読めたかどうかは定かではないが、ラストシーンの漁船の黄色い帆の色が強く記憶に残っている。ついでに、スクリーン上の女性に初めてドキドキしたのは「五弁の椿」の岩下志麻だが、これは関係ない。映画については、以前から粗筋にはそれほど強い興味は無く、どちらかと言えばシーンやショットのほうに関心が向いていた。今でも、ろくに粗筋は憶えていないが、あの映画のあのシーンが・・・という記憶は数多くある。特に、10代の終わりころに浴びるように観た、大島渚、篠田正浩、小津安二郎、ルルーシュ、フェリーニ、パゾリーニ、ゴダールなどの監督作品は、今ではほとんど映像的記憶しかないといってもいい。美術に関心を持つようになってからも、作品についての悩みも喜びも、何を描くかということからはほとんど生まれず、どう描くか、どう表現するかということから生まれてきたのは、それと無関係ではないだろう。それがいいことなのかそうでないかは、わからないが。

ところで、本はたとえ一部でも繰り返して読むことがあるのに、私は、古い映画はほとんど観ない。リニアな時間の流れが苦手なのだろうか。