私の故郷の方言では、休憩のことをタバコと言った。他所の人が聞いたら、ちょっと休みましょうという話が煙草を吸いましょうという意味になる。喫煙のススメにもなりかねないから、禁煙全盛のこのご時世にまだ使われているかどうかは疑わしいが、私が子供の頃はあたり前に使われていた言葉である。ところでフランスでは、バーやレストラン、ディスコなどのパブリックな空間では全面禁煙が決まったそうである。フランスだけではなく、アイルランドやイタリア、スコットランドなども、同じような措置が導入されているらしい。危険だとか嫌だとか感じる人がいれば、禁煙が常識になっていくのも当然のことだろう。私の職場でも、喫煙経験がまったく無い者、以前は喫煙者だったが禁煙した者、禁煙時々喫煙という者など、全体としてフルタイムの喫煙者は減ってきている。ちなみに、私はちょっとヘビーな喫煙者である。喫煙は悪癖である。飲酒や偏食などと同じだろう。違うのは、伏流煙という二次喫煙が周囲に深刻な悪影響を与えかねないということで、飲酒や偏食は、基本的に続けている個人がその付けを払えばいいのだが、喫煙はそれだけでは済まないということである。もっとも、最近は国民全体の医療費の軽減という視点もあって、不摂生のために病気になっても、それは個人の因果応報ということだけではなくて、 間接的に国民全体に迷惑をかけることになるという話もあるから、悪癖はすべからく止めなければならない。まったく正論である。とは言うものの、なんでも好き嫌いなく食べ、酒も飲まず煙草も吸わず、適度に運動もして、サプリメントも口にし、東に腰痛の人あれば行って優しく擦り、西に悩める人あれば行って話を聞いてやり、南に大病の人あればがんばれと励まし、北に太り過ぎの人あればろくなことないから痩せろという、そういう人に私はなりたくない。
私の傍では煙草を吸うなと言われたり、禁煙と指定されていたりする場所では、もちろん私も煙草は吸わない。肉、魚、野菜もいつでもおいしく食べられる工夫をしている。しかも玄米食である。飲酒運転はもちろんのこと、多少お酒を飲み過ぎても人に絡んだり暴れたりはしない。たまにはかみさんの小さな畑の手伝いもするし、大汗かいてストーブのための薪集めもする。それが心地よいからである。体にいいからという理由で食べ物を決めたり、運動したり、禁煙したりするのはつまらないからやらない。居・食・住すべてにおいて、ほとんど強迫神経症ではないかと思えるぐらい健康志向の人がいるが、そうして一体どれほど無病息災で居られると思っているのだろう。あんなにびくびくしていて、本当に心地よく生活しているのだろうかと、他人事ながら同情を禁じえない。忘れっぽいにもかかわらず、いったん不安になると過敏な反応を示し、明日にでもどうにかなってしまうようなことを声高に言い募る輩に、簡単に乗せられてしまう。これは健康フェチの人たちだけの話ではなく、最近の近隣の国による核実験で大騒ぎしているメディアと、それに煽られている人たちも同じだ。
メディアは、まるでこの国が、第二次大戦後初めて核攻撃の対象にされているかのように報じているし、それに対して強硬な対抗策を講じようという意見が、当然のように受け入れられつつある。相手は、中東や東南アジアよりはるかに自国に近いところに居るから、危険極まりないと。もし東京にノドンミサイルが核爆弾を積んで一発落ちれば、100万人が死ぬとか、原子力発電所をテロ攻撃すればもっと被害は甚大だとか、シミュレーション自体は間違っていなくても、そのシミュレーションを持ち出す前提についてはほとんど触れないまま、センセーショナルな話をどんどんエスカレートさせる。人々の不安を掻き立てて、その不安をエネルギーにして強硬な姿勢を選択し、それを積み上げていくことで憲法改定から国軍の創設、ナショナリズムを培う教育改革などでエゴを満たそうとする政治家たちに、どうして易々と操られてしまうのだろう。超大国ソ連が崩壊する以前の冷戦の時代に、はるかに高性能な核ミサイルが数十発も臨戦態勢で日本に向けてセットされていた時には、彼我の圧倒的な力の差にあきらめて知らん振りを決め込んで居たくせに、相手の国力がさほどでもなく歴史的に支配の記憶があるからこそ、今は、人々のプライドと恐怖心を駆り立てやすいと彼らは考えているに違いない。
素朴な疑問を持つべきかもしれない。前首相が、まるで挑発するように靖国参拝を繰り返し、双方の国民感情を操作したのはなぜ? 咽喉が焼け付くような強い煙草をフィルターも無しですぱすぱ吸っていた昔の人たちが、肺がんでコロコロ死ななかったのはどうして? 多分誰も答えてくれない疑問だろうが、疑問を持たなきゃ考えることすら出来ない。そういえば、核実験以来連日のように右翼の街宣車が横浜駅近くで喚いている。退屈そうに交差点近くに数人ずつの警官が立っている前で、大音量で鶴田浩二の歌う勇ましい歌を流しながら、ありったけの罵詈雑言を叫んでいる。ほとんど決まった時間にやってきて、大騒ぎして帰っていくが、あの目立つ大きな車両が目的地の手前で警察に止められたという話は聞かない。街宣車のほうも、毎度毎度同じように聞き取りにくい大音量を流すことしかやらない。聞けば、あの人たちの大半は街宣イベントのアルバイトらしい。ああ・・・。

