最近は、夜の盛り場に出かけることがほとんどなくなった。仕事に出かけるのも仕事以外の目的で出かけるときでも、移動手段の大半が車かオートバイということもあるだろうが、多分、盛り場で酒を飲むとか食事をするというのが元々好きではないということが、本当の理由だろう。実家の近所に飲み屋があって、子供の頃に、その店から聞こえてくる嬌声がとても不快だったからということも、影響しているのかもしれない。それでも受験浪人をしていた頃は、予備校でクラスの担任だった人がまだ独身の大学院生で、かなりの酒飲みだったこともあって、新宿の場末の飲み屋によく連れて行かれた。そこで、当時ほとんど酒の飲めなかった私は、呑む振りをしながら明け方近くまで、難解な観念的な話を延々と聞かされたものだ。

その飲み屋には、当時の私よりも10歳から20歳ぐらい年長の美術家や、役者や物書きなどいろいろなジャンルの表現者が出入りしていて、花園町のテントでの芝居で著名な役者とその取り巻きや、若者に大きな影響力を発揮していた詩人などの顔もあった。そういう飲み屋だったので、私を連れて行った人だけでなく他の客も、愉快に飲んで楽しむという雰囲気はあまりなくて、ろくに人のいうことは聞かずに、自分のいいたいことだけを延々と喋り続けるというタイプがほとんどだった。もうすっかり話の中身は忘れてしまったが、確かにそこは、田舎育ちのサラリーマンの四人兄姉の末っ子にとっては、相槌ひとつするのも油断できないような雰囲気に、全身の毛穴を無理やりにでも開け放していることを強いられる教場だった。

当時の新宿は、一体にどことなく危険な雰囲気があって、その筋の人ももちろんたくさんいたが、そうで無い人も、何かピリピリとした危ない匂いのする人が多かった。酒が入ると、何かというとすぐ喧嘩が始まって、殴り合いになることもそれほど珍しいことではなく、路上で始まった小競り合いが膨らんで10人以上の乱闘になることあれば、これはヤクザがらみのことだろうが、一度は目と鼻の先でいきなり人が腹を刺されるのを見たこともあった。夜の新宿に出かけないで一人で3畳のアパートにいるときでも、件の飲み屋の中での精神的な緊張感と、終電がとっくに行ってしまって当てもなくぶらぶらと歩いていた街のそれとは別な種類の緊張感が、体の奥のほうでいつまでもひりひりと残っているような気がしていた。

当時は、新宿から京王線で三つか四つ目の笹塚という駅から、甲州街道を跨いで7-8分というところ住んでいて、飲めない酒のせいで割れるように痛む頭をなだめながら、真夜中の甲州街道を新宿から歩いて帰るということも何度もあった。休日に一緒に時間を過ごす遊び友達や、恋人や、夢中になる趣味など、若者というイメージとセットになっている(と思われている)ものはまったく持っておらず、アパートの3畳の角部屋はガラス窓の上のほうに1センチほどの隙間があって、一階の大家の30絡みの娘は幾らか精神的に病んでいて、しょっちゅう家族に向かって大声で悪態をついていて、私は先の見えない受験浪人ではあったものの、それらのことはほとんど視野に入っていなくて、最大の関心事は身体の中に確実に残っているあのひりひり感だった。

秋口に、仕事でかかわりのあった業者の人から食事に招待された。交渉ごとがようやく落着して、先方もほっと一息ついたときの話であったので、珍しくお受けすることにした。横浜駅に程近い京料理の店に招かれて、そこで飲みながらの食事となったが、長い間そういうところに顔を出していなかったためか、次々と出される料理にまったくついていけない。ちょっと話に夢中になっていると、まだ箸も付けていないのにもう次の料理が運ばれてくる。先方は、同じペースで会話しながら、着々と目の前の料理を片付けているのに、私の前にはいろんな器が一杯に溢れてしまった。客あしらいに慣れた女将のつまらない冗談にも先方は軽々と応じているが、こちらは笑うタイミングすら完全にずれている。

まとめれば大変な量の料理を、適当に会話しながら次々と平らげていくというのは、あれは立派な芸である。二時間あまりも経って締めのご飯も出てしばらくして、ようやくお開きとなったときに、私の席のテーブルの上のあまりの体たらくに、女将は、ちょっとした皮肉も沿えて、料理を包むから持ち帰るようにと提案した。先方は是非そうしてくださいという。座敷の外に出て靴を履き、招待への例を述べてから夜更けの横浜駅に向かって歩き出すと、駅近くの盛り場は歩道一杯に人が歩いていて、閉まったシャッターの前にしゃがんでいるもの、酔いつぶれて抱えられている若い女、路上ライブというのだろうか広場で数人のグループが歌っている。きっとまた・・・君のこと忘れない・・・と聞こえてくるから、どうやら失恋の歌らしい。どこにも危険な匂いはなかった。

この時間に電車に乗る楽しみは、昼間はなかなかお目にかかれないタイプのユニークな人に遭える確率の高いことだが、この日は疲れたサラリーマン風の男たちと、延々と携帯にメールを打ち込んでいるおばさんやお姉さんばかりで、面白くない。見知らぬ乗客に次々とグッドのサインを送り続ける若い男や、顔中にピアスをしていて、ふと手を見ると指の関節部分にたくさん黒い手術用の糸が縫い付けてある太ったおじさんなどに遭ったときは、しばらく電車で動くことにしようかなと思ったりするが、こういう箱に乗せられるとたまらなく嫌になる。自宅近くの駅で降りて、歩き始めてふと気が付いた。せっかく包んでもらっていたのに、料理を頂いてくるのを忘れてしまった。