公立に限ったことだろうが、最近の小・中学校の授業参観はとてもうるさいらしい。子供が調子に乗って騒ぐのではなく、参観に来ている親がうるさいという。授業中にもかかわらず、教室の後ろで親同士が勝手に私語を交わしているというのだ。それも授業に支障の無い程度のヒソヒソ話ではなく、結構盛り上がったりもする。俄かには信じ難い話で、またまた針小棒大な話し作りが得意のマスコミの作り話かと思ったが、どうもそうでも無いらしい。職場に、中学生の子供を持つものがいてその話を聞いてみたら、奥様が授業参観でおとなしく授業を観ていると、やたらに隣にいる親から話しかけられるという。明らかに無視するというのも政治的には上手くないので、時々軽く相槌を打ち、しかし基本的にはあなたと話すよりも授業を聞いていたいという、微妙なサインをコンテキストに基づいて発しても一向に気づこうとしない。中には、とうとう教師が耐えられなくなって、授業中だから静かにしてくれと注意すると、教室から出て行って廊下で盛り上がる親もいるというからこれは想像を絶する話である。要するに空気が読めない。想像力が欠如しているということなのだ。

いつからそういう親が増えてきたのか、はっきりとした線引きはできないが、1950年代の後半から、1960年代の中盤辺りの生まれから急増してきたような気がする。根拠は無いし、またその理由も知らない。まるで、同じ料金払ったのだから、同じ満足をさせろと食べ物屋に要求するように、同じ金払ってるんだから、同じ効果のある躾をし、同じレベルに学力を上げ、子供に同じ楽しさを感じさせ、自分も満足させろと言わんばかりだ。自分の子は誰よりも可愛いと思うのは親バカだが、子供のことよりも自分のプライドのために、タチの悪いクライアントやスポンサーを気取るのは何だろう。知識が無いのはそれほど恥ずかしいことではない。知らなくて何が悪いと開き直るのは恥ずかしいけれど、足らないのを本気で少しずつでも補おうと気にしていれば、そのうち必要なものは身についてくる。ただ、想像力が欠けているのは恥ずかしいことである。自分が面白いと思うことは他人も面白いはずだと思うこと、自分が何かするのは、大抵他人にとってはいい迷惑だということに気づかないこと、これらはいずれも想像力のなさの典型だ。別にそれほど面白いとは思わないけど、一緒に付き合ってあげてもいいよとか、ちょっと迷惑だけど、あなたがそれほどそうしたいのなら、させてあげる、というのは稀有な愛情の発露であって、それをあたり前だと思うのは恥ずかしいことなのだ。そんな稀有な愛情を簡単に金で買えると思っているとしたら、それまたこの上なく恥ずかしいことだ。

地方都市ということもあったと思うが、私が小学生の頃は、学校の授業参観というのは母親にとっては一大イベントだったし、教師にとっても同じだったような記憶がある。教師は、いつもよりわかりやすい授業をしようと無理をしているのが子供心にもミエミエだったし、母親たちも多少身奇麗にしてきて控えめだが興味深そうに授業を聞いていた。それはそれで、今とは違う親バカ競争はあったと思うけれど、親も子供も教師も、暗黙のうちに了解しあったイベントだったような気もする。3年生ぐらいの時に、授業参観の日を1日間違えて母に告げたことがある。出欠を確認するための予告のペーパーもあったはずだし、まさか子供を介した口頭の連絡だけでことが運ぶはずは無いから、どうして母がそれを信じたのかはわからない。たぶん前日に私が確信を持って明日だ、と言ったのだろうと思う。明くる日学校に着いてから、それが自分の思い込みで間違いだったと気づいたが、もうどうしようもない。職員室で電話を借りて家に電話するなどという知恵は、私にはなかった。2時間目だったか3時間目だったかの授業参観の時間が近づいてくると、私はどうにも居ても立ってもいられないような気分になってきた。そのときの私の教室は、校門から真っ直ぐ校舎につながる道の突き当たりの、正面玄関の二階にあって、窓から校舎に向かってくる人を見通すことが出来た。前日の夜、明日だと急に言われて困ったような顔をしていた母の顔がよぎって、都合が付かなくて来ないでくれればいいのにと、授業中に、 祈るような気持ちで門のほうをチラチラ見ていた。すると、猫背で小柄な母が、黒っぽい和服を着て少し前かがみに校門を通って、急ぎ足でこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

少し経って窓の外を見ると、相変わらず背中を丸くして、今度はゆっくりと校門に向かう母の後ろ姿があった。どんどん小さくなっていく後姿を見ていているうちに、生まれて初めて母に、かわいそうにという感情を持った。悔しいとか痛いとかいう以外の理由で、初めて涙が出そうになった。学校から帰ると、母はなんでもなかったことのように、日にちが違ってたねと言った。