はやぶさが飛んでいる、と聞くと、高齢の人なら第二次大戦の頃の日本陸軍の主力戦闘機の雄姿を連想するかもしれないし、若い人は青空に翼を広げて悠々と飛ぶ猛禽類の姿をイメージするかもしれない。そのどちらとも何の関係もないというわけではないが、飛んでいるのは、純国産の惑星探査機はやぶさである。地球と太陽の間の平均距離149,600,000キロを1天文単位と呼ぶ。はやぶさは、地球からほぼその倍の2天文単位離れた、長軸が500メートル余りしかないITOKAWAという小惑星への軟着陸に成功して、今、地球に帰還しようと、再び広大な宇宙空間を飛んでいるという。とてつもなく遠くにあるそんな小さな惑星に軟着陸するのは、かなりの離れ業だろうということは、素人の私にも十分想像できる。最大の目的であった小惑星の表面の鉱物を持ち帰るというミッションには、どうやら失敗した可能性もあるようだが、幾つものトラブルで満身創痍になりながらも、今は何とか2010年に地球に帰ってこようとして、ITOKAWAの近くで太陽周回軌道を回っているらしい。一昨年の末頃に、小惑星ITOKAWAでの鉱物採取に失敗か?という報道がされて、私ははじめてそのプロジェクトのことを知った。2003年の打ち上げの時にも当然報道されたと思うが、まったく記憶に無い。物理も数学も苦手で、天文学はおろか算数すら怪しい私に、果たしてどこまでこのプロジェクトの重要性や困難さが理解できるのかと言われれば、それはもう判りきったことだが、さまざまな困難を克服しながらプロジェクトを推進していったドキュメントは、ハイテク・ローテク入り混じってなかなか面白い。

いまどき宇宙に向けて打ち上げるロケットはすべて液体燃料だろうと勝手に思い込んでいたが、はやぶさの打ち上げに使われたM-V型ロケットは固体燃料だという。素人考えでも、液体燃料ならバルブの調節や何かでエンジンのコントロールがし易いだろうに何で又固体燃料で思うのだが、これが糸川英夫のペンシルロケット以来の日本のお家芸らしく、世界でもトップレベルの固体燃料ロケットだとか。液体燃料と比べれば、取り扱いが容易でコストが低く押さえられるのが特徴らしいが、固体燃料は基本的には花火と同じで、一度火薬に火がつけば、燃焼を微妙にコントロールしたり途中で火を消したりは出来ない。大気圏を脱して決められた位置でエンジンをストップさせるには、名古屋あたりからフルスピードで車を走らせ、都内の家のガレージに入れた途端ガス欠になるようにセッティングしなくてはならないという。一方、はやぶさ本体に取り付けられているエンジンはイオンエンジンとかいうハイテクである。もちろん固体燃料のロケットがローテクという訳ではなく紛れも無くハイテクなのだが、なんだか、ぴったり燃え尽きるように燃料を仕込むというあたりが、可笑しい。

1天文単位の距離は、光の速度で約8分かかる。私たちが浴びている太陽の光は、8分前のものだということだ。その二倍の距離のところにある探査機に地球から電波で指令を送ると、片道16分として探査機から返事が返ってくるのは32分後ということになる。これでは、何か急いで対処しなくてはならないことがあったとしても、レスポンスが悪くて後の祭りということにもなりかねない。だからはやぶさは、さまざまな状況を自分で判断して対処するように作られているという。カメラやレーザー高度計のデータをもとに、小惑星との距離を測りながら自律的に近づいていき、着陸する。アメリカのNASAなどとは比べ物にならない程小さな資金規模の、独立行政法人宇宙航空研究開発機構という組織のプロジェクトのため、はやぶさは1×1.6×2(m)という必要最小限の大きさで、あらゆるシステムがぎりぎりまでスリム化されている。一定の距離まで小惑星に近づき、秒速数センチという速度で下降しながら正確に惑星との距離を測定するには、レーザーを反射させるマーカーを惑星表面に置かなくてはならないが、長軸500メートル余りの惑星では、引力は無いに等しい。つまり、何かの方法でマーカーを惑星に向けて投下しても、万一ちょっとでもバウンドしたらそのまま宇宙の彼方に消えてしまうということだ。又、投下自体、引力が弱すぎて放せば自然落下するというわけにはいかないから、何かの力で押し出してやらねばならない。しかし、高度な投下装置を探査機に組み込むにはスペースもお金も無い。このふたつの難問への対処の仕方が、なんだか嬉しくなってくるほどローテクなのである。 ひとつは、袋の中に小さな数珠だまを入れたお手玉からヒントを得て衝撃を分散・吸収する仕組みにし、もうひとつは、ごくごくゆっくりと降下しながら急ブレーキをかけて、マーカーだけ慣性の法則で落下させるという。

NASAあたりだったら、絶対に考えつかないようなことだと思う。いつのまにか金と力にものを言わせるアメリカ基準に慣らされてしまっていて、力ずくで困難を解決するやり方をあたり前のように感じてしまいがちだか、ものごとへのこういうアプローチはひどく新鮮に見える。色男、金と力は無かりけりという。幸か不幸か、別に色男でもないのに金も力も無い我が身としては、切り詰めて、切り詰めて、それでも2天文単位先のたった500メートルしかない小さな惑星から砂粒を持って帰ろうというこのプロジェクトが、なにやら愛しい。先立つものがないから、似たようなことを近場でやりましょうという話にはならなかったというのがいい。豪勢な真似は出来ないから、知恵と工夫でやれる限りのことに目いっぱい力を入れようというのは夢の矮小化ではないのだ。やろうとしてもなかなか思うようにいかないからといって、比較的容易にやれそうな替わりの目的にすりかえたり、できない理由を自分の外側に求めたりするのが挫折の始まりなのだろう。ドキュメンタリーはこう締めくくられていた。帰ってこい、はやぶさ。