子供の頃は、家の中のあちこちに闇が溜まっていた。人の集まる部屋以外の部屋の灯りはすべて消してあったし、部屋の中も裸電球が丸い傘の下にひとつぶら下がっているきりで、障子を開けて部屋から出ると、廊下の先のほうはぼんやりとしか見えない。何かの用があって二階に上がろうとしても、真っ暗な階段を上りきってどこかの部屋の灯りをつけるまでは、窓越しに入ってくる外の街頭の弱い光を頼りに動くしかなかった。闇の溜まり場に行くのは、いつでもちょっとだけワクワクするような気分があったが、灯りを消して暗闇を背中に背負うのはなぜか怖かったから、少しでも早く明るい場所に行こうと急いだものだ。何かの原因で突然停電になるというのも当時はそれほど珍しいことではなく、ああまたか、といった感じで大人の誰かが蝋燭に火を点けるまで、子供たちはじっとその場を動かずにいた。電気が切れた瞬間、辺りは完全に闇になるが、しばらくすると少しずつ目が慣れていって、そのうち、ぼんやりとどこに何があるか見えるようになってくる。しんと静まった家の中で、瞼の裏に残る緑色の形が形を変えていくのを見ながら、動けるようになるのを待つその時間が好きだった。妙なもので、電気が切れた瞬間には誰かがオッとかアッとか声を出すが、その後、何かを確かめたり注意を促したりする声も低く呟くような声色になり、蝋燭なり電灯なりの灯りが戻るまで皆ほとんど喋らない。暗闇の状態が少し長引くと、同じ部屋にいる人の気配がとても強く肌に伝わってくる。こういう、闇のもたらす親和性のようなものを知っている世代は、少なくなっているに違いない。停電はものの4‐5分で回復することもあれば、数十分、時には数時間回復しないこともあった。
伊豆のアトリエに行き、食事時からちびちびと焼酎を口にして、冬なら薪ストーブの前の椅子で、夏なら板の間に直に寝転んで冷たい床板の感触を楽しみながら、うとうとと眠りに落ちるのはまさに至福の時というべきだろうが、自分はうたた寝名人のくせに、妻は私にはめったにそれを許してくれない。さっさと上に上がって布団で寝ろと、無情にも揺り起こす。白川夜船をひっくり返されて読みかけの本を抱えてしぶしぶ布団に入ると、ものの4-5ページも読まぬうちに息を引き取ってしまう。そのまま朝までぐっすりということになれば、初老のオヤジの平和な一夜ということになるのだが、鬱っ気のある私は、必ずといっていいほど数時間も寝ると目を覚ます。まだ体に酔いは残っていて、舌の奥が腫れているような感触と酸っぱいような味を口の中に感じながら起き上がると、眠気はすっかりどこかにいってしまっている。家の中の明かりはすべて消えていて、外に出ると月が出ていなくとも晴れてさえいれば、星明りで青みがかった深いグレーに世界は覆われている。ぶらぶらと坂道を登って、左右の樹が天蓋のように道を覆っている辺りに来ると、そこは文字通りの漆黒の闇である。停電の家の中とは違って、この闇には活発な生が充満している。まるで見えていないのは私だけで、その周囲のすべての動物や植物がはっきりと私の存在を知覚しているような気がする。見守られているのか、警戒されているのか、許されているのか、敵意を向けられているのか、私にはわからない。饒舌な闇に少し慣れてきた頃には、もう酔いも醒めてしまっている。結局、また寝不足の一日が始まってしまう。
休日の時間を使って進めなければならない仕事が続いて、今年の夏はアトリエには一度も行くことができなかった。小さな作品は沢山作ったが、大きな作品には手が付けられないまま時間が過ぎていく。朝晩が涼しくなる頃に一度行きたいなと思っていたら、台風で海側の窓が無くなっているという知らせを受けた。建物から海までの間は何も無く、海から山肌を駆け上がった風が直接ぶつかることになるから、目の前の海を通り過ぎていった台風の風に耐え切れなかったようだ。とりあえず何とか空いている一日を見つけて日帰りで様子を見に行こうと思っていたら、横浜から伊豆に向かうのに使う海沿いの国道が、波のため1キロ近く崩壊して通行止めだという。迂回して5時間も6時間もかけて行ったとしても、日帰りでは窓が飛んでしまった建物でやれることはたかが知れている。やむなく地元の大工さんに現状確認と修復をお願いしたが、玄関前に大きくせり出している屋根が風に煽られてばたついたのだろうか、土台に乗っている柱の付け根が割れ、一階の窓が飛んだことで、そこから吹き込んだ風のために二階の部屋のひとつで天井が落ちているとのこと。月並みだが、ちょっとした自然の力で人間の作ったものなど簡単に壊されてしまうものだ。ジシン・カミナリ・カジ・オヤジというが、地震と雷と火事は容易に人が制御できないという点では共通しているけれど、何で親父?と思っていたら、元々あれはヤマジと言ったもので、山嵐と書くらしい。古くは台風を表していた言葉のようで、地震・雷・火事・台風とくれば、なるほど合点がいく。今のところ私は、大きな地震災害を直接経験したことも落雷を身体に受けたこともないが、田舎の生家は火事で焼失したし台風には何度かやられた。生前、時々企まずして名言を吐いた祖母が、泥棒は欲しがるものくれてやりぁ怖くはないが、火事や大水は根こそぎ持っていってしまうと言っていたのを思い出した。
それにしても、闇の心地良さなどと調子のいいことを言っているくせに、運悪く台風の日に伊豆にいて、窓は飛ぶは天井は落ちるはの大騒ぎの中で停電して真っ暗になったら、どうしただろうと思う。恐怖と快感は、容易に入れ替わることが出来る官能なのかもしれない。

