職場の関係者の家庭の出産ラッシュが終わって、新しく増えた女の子ふたりの名前を聞く。どちらも可愛い名前で、姓名判断もへったくれもなく、男でも女でもこれに決めた!という私みたいなアバウトな決め方はしていないのは明らかだ。これから、幼児期を過ぎて学齢期に入って・・ひとごとながら大変だなぁとおもう。その子達がひとり立ちできるようになるまでは、何とかこの職場を確保しておかなくてはという思いもしたりする。彼らにしてみれば、そんなことまであんたに頼んじゃいねぇよというところだろうが、経営するものがちょっと手抜きをすれば、こんな小さな職場などすぐに無くなってしまうこと位はわかっているから仕方がない。間もなく正式に家庭を持つというものの話も伝わってくる。自分の家族に対しては、生活の保障にほとんど責任を持つことをしないで、収入がほとんどないにも関わらず作品制作や発表にしたい放題していたというのに、何だか随分変わってしまったなと思う。年を取ったということなのかもしれない。
目標を定めて、その実現に向かって粉骨砕身の努力をするという生き方が苦手な私が、今まで大海を漂うマンボウのように流れに身を任せてきたとは言っても、この年まで生きていると、何度かは決断らしきものをしなければならないことはあった。決断というのが大袈裟ならば、あの時決めたことが結果的には大きなターニングポイントだったな、ということはある。その中には、美術を選択したことも含まれるかもしれないし、仕事を立ち上げたり、新たな方向性を決めたり、もしかしたら結婚したりなどということまで入ってくるかもしれない。人によっては、そういう場面に差し掛かると、先々後悔しないためにじっくりと考えて慎重に決断を下すということもあるかもしれないが、私はこれまでほとんどそういうことをしたことがない。ごく短い時間で決めて、その代わり、決めたら後になってその決定を疑うことはしないというやり方をしてきた。そもそも何かを決める根拠など、すべて後付けだと思っているからだ。どんなにさまざまな角度からリスクとリターンを考え合わせても、予想もしなかったことが起きて、準備していた心積もりなど一瞬で吹き飛んでしまうということはあたり前にあることで、そうであるなら、本番前のウォーミングアップでヘトヘトになるような真似はしないほうがいい。自分が決めたことが、大きな間違いだったかまんざらでもなかったかというのは、その後でどう行動できたかによって大きく左右される。だから、決めた根拠は思いつきだということになる。
思いつきでというといかにも軽々しいし、ものの弾みでなどといおうものなら大抵ひんしゅくを買うに決まっているが、ものごとを決めるときに、熟慮に熟慮を重ねた結果などと大仰なことを言う奴に決まって、案外ちょっと上手くいかなくなるとすぐ放り出すものだ。年老いた凄腕の職人が、そもそもどうしてこの職に就いたのかと問われて、親父がそうでしたからなどとちょっと照れながら答えているのが、最もいい。ひとつの作品を作る時もそれは同じで、最初の思いつきに(思いつきという言葉を軽蔑している人は、わざわざひらめきと言い換えたりするが)どれだけきちんと肉付け出来るかでその良し悪しが決まる。思いつきの中身や目の付け所がいいからいい作品が出来るわけではなく、優れた作品は、たかがその程度のことをどうしてそこまでの高みに持っていけるのかに不思議があるのだ。最初の思いつきが、結局思いつき以上のことに出来なかった時は失敗である。一体どう肉付けしたらいいのかということは、その失敗の積み重ねと、何度も繰り返し経験していくことと、頭の片隅にいつも問題をぶら下げていること以外の方法ではついに解らない。そういうことを積み重ねていくのに一番いい時期というのは、十代から二十代の限られた期間だろうが、満足の行く結果を出すことを急ぎすぎて、待つことがたまらなくまどろっこしくて、やたらに衣替えをしたくなるのもこの時期である。どんな選択であれ、決めたことから後で一定の収穫を得ることは必ず出来るはずで、その収穫の量の多寡を他と比較して自分の決定の中身を評価するのではなく、収穫を得ることが出来たプロセスから学ぶことは十分出来るはずだ。ある程度の経験を積んできたはずの人で、本当は肉付けの形や方法などに問題があるのに、そもそもの出発に問題があるといつも思ってしまうタイプの人は、いつまで経っても自分に必要なスキルをあげていくことができない。ああでもないこうでもないと、始終自分の周りにきょろきょろと目を向けているか、同じことを惰性で繰り返していくことしかしないからだ。
若い頃は、選択を間違ったという思いに取り付かれたこともないではなかった。そういう思いに動かされて行動したことも何度かはある。傲慢な話ではあるが、今よりも若いときのほうが、いろいろなことが解っているか、解るかもしれないと思っていたから、時折、他人の下した決定に怒りに近い大きな不満を持つこともあった。その人がその後、そのことでどういう行動をとったか、そこから何を感じていたかなど見届けもしないで、自分が思い描くことと異なる決定をしたことで、馬鹿じゃないかと思ったりしていた。逆に、親しい友人や一目置いていた先輩などとは、お互いが理解し合える気がしていたし、理解し合っているという実感があった。多分そんなことが動機のひとつとなって結婚もしたのだろうが、長年連れ添っているとだんだん解らない部分が増えてくるものだ。解らないときのほうが解っていて、解れば解るほど解らないことが増えるから面白い。私が先に逝けば、きっと妻は、あの人は良くわからない人だったねぇというに違いない。

