自分が係わったものが、目に見えて形になっていくことほどワクワクすることはない。唯一の例外は作品制作で、自分の作品が徐々に進行して形になっていく時には、別にワクワクもドキドキもしない。ただ気持ちが少しずつ静かになっていくだけである。ワクワクドキドキしながら作品が作れたらどんなに楽しいだろうと思うが、残念ながら作品を作るというのは、面白いが楽しくはない。この国が大量生産、大量消費という仕組みになだれ込むまでは、何でもお金があれば手に入るという訳ではなかった。もちろん私が育った家にはそのお金もろくになかったから、家の中のちょっとした小道具から食べるものまで、たいていのものが手作りだった。家族に三度の食事をさせるだけでも、七輪やかまどに火をつけてお湯を沸かすところから始めなければならないし、洗濯も掃除もそのほかのこまごました雑用もすべて手でやらなくてはならないのだから、母は一日中動き回っていた。それでもすべてのことに手が回るわけではないから、祖父母も兄姉も自分にできることは自分でやっていた。四人兄弟の末っ子だった私は、ちょうど個人の成長と日本経済の成長がシンクロした世代なので、じわじわと家庭の中が電化され少しずつ便利になっていくのを目撃しながら育ったが、それでも家族と一緒に大工仕事や料理を手伝ったりしていて、ものがどんどん別な形になっていくのを見ているのは好きだった。そういう毎日の暮らしの中で、いくつか年中行事になっているイベントがあって、古い日本家屋だった我が家に全部で12枚ほどあった障子の張り替えや、餅つき、冬の大根の漬け込みなどは、中でもワクワクするものだった。正月のおせち料理の中に、ハゼの干物を煮付けたものを巻いた昆布巻きがあって、ハゼは毎年秋に兄と私が釣ってくることが決まっていた。
我が家では、子供用の自転車を買ってもらったことは一度もなかった。数台あった自転車は、すべて父が勤務先の電話局から払い下げてもらった頑丈な大人用ばかりで、サドルに跨るとペダルに足が届かないころは、フレームの逆三角系の中に足を突っ込んで立ち乗りする、三角乗りと呼ばれる乗り方で乗るしかなかった。水平なフレームに、自転車の前後に突き出すように2mほどの細い竹の竿をくくりつけて、40分ぐらいかかる道のりを河口付近の船着き場まで行く。餌は前もって堆肥のある場所の近くで大量に捕まえておいたミミズで、缶詰の空き缶の中に土と一緒に入れておいたものだ。午前中から陽が傾くまで釣っていると兄と二人で200匹ぐらいは釣れた。大きめの魚篭にずっしりと重いハゼを詰めて家に帰ると、家族みんなが大げさに驚いてみせてくれた。母は、早速その中から大きめの何匹かを選んで、頭と中骨を取って天ぷらにして夕飯に出した。夕飯を食べ終わると、残りのハゼを母と私が二人で鯵切り包丁で捌く。50匹ぐらいのハゼは、鱗を落として腸を抜き長い金串に尻尾の近くを通して並べていき、頭を下に吊るしたハゼが並んだ金串を何本か紐に渡してそれを軒下に吊るして干す。あとのハゼはすべて唐揚げにしてスライスした玉ねぎと一緒に甘酢に漬けて南蛮漬けにして、ひと月あまり楽しんだ。これらの工程がひとつひとつ私にはとても楽しく、軒下のハゼが生臭さが取れてカラカラに干からびて様子が変わっていくのを、毎日眺めているのも心地よかった。
10年ほど前に、伊豆のアトリエの屋根の上にベランダを作った。晴れた日の夜空の星が異様なほど数多く見えるので、他のものが全く視界に入らない場所で仰向けになってゆっくりと見たいという、柄にもないロマンチックな理由からである。もちろん一人では屋根の上に木材を上げることすらままならないから、美味い晩飯を作るからと口説いて若い友人たちに手伝ってもらって、一週間ほどで完成した。まず屋根裏に潜って、梁に10センチ角の杉の角材の柱を立ててそれに筋交いを入れ、屋根を補強する。ベランダは約10坪の広さで作るので、全体の重量は2t近くになる。幸いなことに屋根裏に渡してある梁には異様な太さの材木が使ってあったので、うまく重量を分散できれば問題はない。次に2階のベランダの天井に四角い穴を開け、屋上ベランダへの昇降口を作りベランダの足元の柱を立てる工事に入る。梁と柱の水平と垂直を厳密に測って接合することが、力学的には最も強度が高いはずだから、しつこいぐらいそれを確認しながら、最後に梁の上にヒノキの板をスノコ状に打ち付けて終了。運動不足の40代後半の男には結構辛い作業で、中腰の作業がほとんどだから腰と太腿がすぐに悲鳴をあげて、ようやく体が少し慣れてきたと思った頃に完成という顛末。最も辛いのは屋根裏の補強工事で、それ以外のところは、目に見えて形ができていく楽しさで体のきつさが苦にならない。最後に板を張り終えたときは思わず全員で握手をしてしまったほどの達成感があった。誰かが、学校嫌いで勉強嫌いでちょっと荒れた奴なんかが、大工になってまともに働いているのもわかるよなぁと言っていたが、ものを作る楽しさほど人を夢中にさせるものはないだろう。そのベランダが雨風に曝されて痛んできて、周りの手摺に体を預けるのも不安な状態になってしまったので、年明けから地元の大工さんに作り直す工事をしてもらった。本当は自分でやりたかったが、そういう時間も最近は作れないし、10年前と違って若い友人たちもみな家庭を持っていて私の道楽に何日も付き合ってくれる人はいない。第一、自分でやると言い出したら、最近は危ないから止めろと本気で止められてしまう。人に頼む上大金をかけるわけにもいかないから、規模は半分くらいに縮小することにしたが、何度か積雪もあったし、冬空の下で屋根の上の工事は大変だろうなと思っていたら、完成したという連絡と写真が送られてきた。さすがにプロの作るものは一目見て違う。安心して寝そべることができるようになって、早く向こうに出かける時間を作りたいと思うけれど、本当のところ、ちょっとぐらいは手伝いに行って、釘を打ったり防腐剤を塗ったりしたかった。

