ものであれ人であれ、生まれた瞬間にいつかは消えることが約束されている。この世に絶対と言い切れることはあまり無いし、AとBとを完全にイコールだと言い切れることもほとんどないが、生と死の関係は絶対だし、その数は現存するものを除けば完全に同数だ。しかし、その疑うべくもないことを人はなかなか簡単には受け入れられない。だから宗教が存在するのだろう。人の生き死については、重く決定的な事柄だからいろいろな思いがあってもいいのだが、ものごとの関係やものの存在についても、その延長のように永遠性を思い描くとなると話はちょっと違ってくる。親子であれ友人であれ恋人であれ、そのままの形で永久に関係が保たれるなどということはあり得ない。紆余曲折を経ても関係が保たれること自体が奇跡のようなもので、多くはたとえどちらかの悪意や諍いが無くとも、いつかは別れるものだ。どんなに親しくしていた友人であっても、日常的に接触する環境が変わればいつの間にか疎遠になってしまうことは珍しくない。もちろん、長い時の経過の後で再会し彼我の隔たりを一気に埋めるような交情もあることはあるが、それとて様々な理由でやがては途切れる。一定の期間を同じ空間で過ごすことを繰り返す学生時代の出会いと別れは、その現実を受け入れるトレーニングのようなものかもしれない。

ちなみに、ものをできるだけ長く残しておきたいという意識は、どこから生まれるのだろう。ずいぶん前の話だが、ある雑誌の対談の中でFという美術評論家が、インタレーションなどという一回性の表現がやがて重要でなくなるはずだという持論の根拠として、作家が自分の作り出した作品をできるだけ保存しておきたいというのは自然な心情であって、それが不可能な表現の形がいつまでも生き続けるというのは、あり得ないのだと話していた。命がけで作った自分の作品が後に残らなくてもいいと考える作家など、信用できないと。評論家と名乗る連中は、往々にして論の前提とするところをあきれるほど個人的な見解で済ませてしまうものだが、これなんぞはその典型のような話である。もしそうなら、音楽や芝居に関わっている人はどうなのだということになる。録音や映像で残すだろうというのであれば、ますます話はおかしなことになっていくわけで、あれは記録にすぎない。実際に作品を見たことがないのに、作品ファイルに目を通しただけでその作家について分かった風なことを書く評論家を何人も知っているから、彼らはそれでいいのだろう。そういう記録のためのメディアがなく、記録すること自体が不可能だった時代にも、一回性の表現に自分のすべてを託してきた人は当たり前に存在したのだ。こう考えていくと、後に残すという意識は、作ることとは異なるモチベーションで存在していると考えるのが正当なのではないか。

後に残すということに格別の意味を感じなくなったのは、私がインスタレーションという形式で作品を作ってきたということと無関係ではないかもしれないが、その感覚は日常生活においてもますます強くなってきている。地球上のすべての生物の生の目的は自分の遺伝子を残すことだ。後に残すということに興味がないとしたら、お前は生きることそのものを否定することになるのだぞと言われるかもしれない。論理的にはそういうことになるのかもしれないが、私が生きることに興味がなくなったわけではないので、そう言われても、では死にますというわけにはいかない。あることないこと取り混ぜて悶々として、体の中のどこかでチロチロと燃えている小さな炎にせかされはするものの、それが何なのかさっぱり掴めないまま、ああでもないこうでもないと作っていくだけで精一杯なのに、それを後に残すために自分でわざわざ場所や時間を都合して、写真やビデオやあの手この手で記録までして、時系列に沿って整理するなどというのは、並はずれた自己愛の持ち主の仕業としか思えないのだ。これっきり、というのがいい。念のために書いておけば、私は、人生太く短く豪快になどと考えるタイプではない。竹を割ったようなと形容されるような性格でもない。どちらかといえば、ウジウジ・グズグズと腑に落ちるまで引きずっていく性質なのだが、それとこれとは話が別なのである。

彼と知り合ったのは、彼がまだ医学部の大学院に通っていた時だ。そのころ彼は、私の妻の教え子の音楽家と結婚の約束をしていて、公私ともに充実した毎日を送っていたはずだが、ある日、病気らしい病気をしたことがないという婚約者の父上に、突然末期の大腸癌の診断が下った。それから、義父となるはずだった人が約3ヶ月後に亡くなるまで、彼は必死になって、できる限りその家族のバックアップをしようとした。そのことがきっかけで、その後医者になった彼の家族と我が家は家族ぐるみで付き合うようになり、私や家族がちょっと面倒な病気にかかると、当時勤務していた大学の付属病院ですべて対処してくれた。古いが途方もなく広い木造の洋館を借りて住まいにしていた彼は、普通の家ではなかなか壁に掛けることもできないような、大きなサイズの私の平面作品を何点も、お預かりしますと言って家中に飾ってくれていた。しばらくして、彼は大学が提携している別の病院に勤務先が変わり、万一の時親身になって面倒を見てくれる彼に甘えて、私の職場の毎年の健診を依頼するようになった。今年もその季節が来て、いつも通り手はずを整えようとしていたら、彼の名前が病院のホームページから消えていた。問い合わせると、昨年度末に退職したという。同じ頃、彼が住んでいたその借家が昨年秋に全焼したという話が耳に入った。何の連絡もないまま、彼は私の傍から姿を消した。何があったのか詳しいことはわからないが、彼にとっては、手元に置いていた作品をすべて火事で焼いてしまったことが悔やまれて、私に退職の連絡すらできないほどの痛みであったのかもしれない。