大学では油画を専攻していたにもかかわらず、絵画だけで展覧会を開くというのは数十年なかった。大学で何を専攻していたかということと作る作品の形式とは、別に不可分の関係があるわけではないし、自分にとって一番ぴったりくる形式で制作すればいいのだからそれはどうでもいいことだが、ここにきて、どういうわけか絵画だけでの展覧会をやることになってしまった。もちろん、この間平面作品を作っていなかったわけではなく、大小の作品はずっと作ってはいたもののそれをまとめて発表する機会がなかっただけだから、特に心境の変化があったわけでも何でもない。まあ、銀座のギャラリーでの個展というのは久しぶりだから、仕事場から夕方ギャラリーに寄って帰宅するというパターンの毎日は、いささか疲れるかもと想像していた。妻は、前日から個展期間の直後までチェコ旅行に出掛けることになっている。針の穴を通すほどのようなコントロールの良さである。展覧会の前日に作品をギャラリーに搬入する。偉い絵描きさんではないので、美術運送の業者が作品を引き取りに来てギャラリーに運んでくれるなどということはあるはずもなく、年下の友人の手と車を借りて運び込む。彼には今まで何度も展覧会の搬入を手伝ってもらってきたが、インスタレーションの作品の場合は、搬入というのは名ばかりで、搬入後に長い時間かけて肝心の設置(制作)の作業があり、設置(制作)は一回性の行為だから、完了するころには音楽家や役者が舞台を終えた時のように心身ともにくたくたになる。それと比べると絵画の搬入は、展示場所を決めて作品を壁面に取り付ければ終わりだから、なんだかあっけない。第三コーナーを回った所にいきなりゴールがあるみたいな感じである。予想通り、初日のオープニングパーティーの後の二次会で飲み過ぎて、横浜で連れと別れてひとりになったとたん白河夜船となり、横須賀線の終着駅近くの駅前でタクシーに飛び乗ってやっと自宅に着くという、まるで三十代の日々に逆戻りしたようなスタートであった。

例えば営業職のような毎日毎日大勢の人と会うのが仕事の人に、見知らぬ人と会うのは疲れるなどと言えば、何という甘えた戯言だと言われるだろう。確かにその通りだが、休日に一日中ひとりでいることが少しも苦ではなく、基本ひとりで作品を作ることにかなりの時間を費やしている私には、連日初対面の人と言葉を交わすというのはかなり疲れることなのだ。画廊でのオープニングといっても、たまたま居合わせた人と軽くビールを飲む程度のことで、そのあと近くの居酒屋に流れてとりとめのない話をしながらグラスを重ねる。それだけならよかったが、たまたまそこに美術ジャーナリストと称する某が混じっていた。もともとこの類の連中はどうも好きになれない。作り手自身も暗中模索している最中の作品を、わかった風な顔をして自分の文脈で好き勝手に論じる存在というのは、作り手と受け手の橋渡し役を果たすどころか、実態は業界に巣くう寄生虫のようなものでしかない。メディアと絡んで名前を売り、あわよくば、ゆくゆくはどこかの大学の教員か美術館のキューレーターの口にでもあり付くことを狙っている輩である。自分が専門家を気取っている対象が好きで好きで、それが高じた挙句につい口を出すというのなら、まだ作り手にとってはちょっと迷惑なだけで罪はないが、さほど好きでもないのに、大学で文学だか美術だかをかじったからとそれで食おうとしているようなやつは最も性質が悪い。私の場合、こういう輩と口を利いていて疲れてくると、極端に気が短くなる。そこに居合わせた美術ジャーナリストというのは、どこかの若者相手のコンクールの審査員をしているらしく、その飲み会には、私の元の教え子でたまたまそのコンクールの受賞者も同席していた。その若者に向かって、俺がお前の作品を推したんだけどこの後ちゃんとやっていかないと見放すぞなどと、聞いているこちらの顔が赤面するような馬鹿な事を云っている。最近は私も大人になったのでその場で殴りかかることはしなくなったが、こういう馬鹿丸出しの権威主義者(大した権威でもないが)を見ると、いい歳をして下着泥棒で捕まった校長先生のニュースを見ているときと同じぐらい恥ずかしい思いがする。

別に売る気満々なわけでもないのに、わざわざ作品を発表するのはどうしてなのかという質問に答えるのは難しい。いろんな理由は付けられるのだろうが、面倒だから私は義務なのでと答えることにしている。展示する場所は画廊に限る必要はなく、ときにはそういう特殊な場所ではなくて、どこにでもあるような日常的な空間の方がいいと思ったりもする。妙なもので、ぜひ作品を見てほしいという特定の人がいたりする。その相手が憎からず思っている女性ならばちょっと色っぽい話かもしれないが、そうではなく、若いある時期に大きな影響を受けた作家である。60歳目前の今となっては、その作家の作品をことさらに特別視しているわけではないが、それでも彼には私の作品を見てほしいと思う。発表するのは義務だと思うこととこのことの間には、何か共通した要因があるのかもしれない。今回の個展では、初日に画廊に顔を出し、ずいぶん長い間作品を眺めて、ひとことふたこと感想めいたことも口にしてくれた。昔ほどそのコメントの中身を自分の中で真剣に反芻することはもう無い。多分、頭の隅には少しだけ残ることだろう。もし、私が誰かにとってそういう存在であれたら、それだけで私はすでに十分に役目を果たしたといってもいいかもしれない。