休日が日・月に設定してあるので、買い物でも何でも、人の集まりそうな所に出かけるのは、人込みを避けてもっぱら月曜日にすることにしている。低気圧の通過で気温が下がり、やや荒れ気味だった週末から一転して穏やかな晴天になった月曜日に、久しぶりに犬を連れて以前住んでいた鵠沼のあたりの海に出かけた。私が住んでいたころは、海岸辺りにはほとんど駐車スペースがなく、海沿いの国道134号線は傍若無人な路上駐車の列が並んでいたが、最近は道路の海側に大規模な公共駐車場ができているので、平日は車で出かけても車の置き場の心配はほとんど必要ない。地下駐車場に車を停めて階段を上ると、すぐに砂浜が広がっている。このあたりは、夏場には芋の子を洗うような状態の海水浴場になるが、シーズン直前のこの時期の平日の朝には、砂浜にはわずかしか人がいないから、近くに人や犬のいないことを確かめてから犬のリードを取って自由にしてやる。普段は家の中以外でリードをから解放されることは無いから、犬は初めのころこそちょっと様子を見ている風であるものの、ものの数分もするとぴょんぴょんと飛び上がるようにして走り出す。ひとしきり遊ばせて、後は好きにさせて海を眺めると、波打ち際から40-50メートルぐらい沖まで黒い点の帯のように広がっているサーファーに目がいく。しばらく見ていると、ちょっと見には皆同じに見えるサーファーにも、実はかなり力量やスタイルに差があることがわかる。いったん波に乗ると、横方向にスライドしながらできるだけ長い時間ライドしようとする人と、長いボードの上で体の向きを変えたり回転したりライドしながらボードの先端に移動したり戻ったりと、アクロバティックな動きをしている人もいる。つば付きのキャップを被っているのは、絶対転倒しないというアピールのようなものかもしれない。昔、スキー場で腕に覚えのある人はモヘアのセーターで滑っていたりしたが、あれと同じか。

ふと気付くと、砂浜の奥のコンクリートの階段から、ボードを脇に抱えた人が歩いてくる。引き締まった体つきで真っ黒に日焼けしているが、明らかに60は超えている。ほほう、噂には聞いていたが、熟年サーファーって本当にいるんだと思って微笑ましく見ていると、既にライドして手前でボードから降りた人の頭頂部の毛が明らかに薄い。それからは、少し波打ち際に近づいてサーファーの年格好に注意を集中してみることにした。いるいる、若者に交じってぽつぽつとという感じではなく、視界の中だけでも5人や6人の人は明らかに若者とは言えない年齢である。月曜日の午前中という時間帯だから、学生かフリーターか、ある程度時間に融通の利く人しかサーフィンに興じることはできないはずだとは思っていたが、リタイア組のことは勘定に入れていなかった。それにしても、これほどたくさんの熟年サーファーがいるとは驚きである。しかも、少なくとも私が見ていた範囲ではへっぴり腰の危なっかしい人は一人もいなかったから、この人たちはそこそこのキャリアを持っているに違いない。そうこうしていたら、小柄で比較的がっしりした体形の私と同世代かとも見えるオジサンが、またひとり一人ボードを抱えてやってきて軽く屈伸運動を始めた。この人は、メタリックゴールドのバイクのジェットヘルのような、ちょっと不格好な古いヘルメットを被ったまま海に入っていった。サーフボードにジェットヘルという気合の入った組み合わせは今まで見たことが無かった。しばらくしてからのファーストライドは、遠目には小柄な鳶職がサーフィンしているようにも見え、ロン毛に茶髪というサーファーに対して持っていた私のステレオタイプのイメージは、いとも簡単に崩されたのだった。私が浜にいた小一時間ほどの間に、浜に出入りした熟年サーファーは7-8人だっただろうか、全員がひとりで来てひとりで上がっていった。

この4月から、予備校で生徒の作品を直接指導することから身を引いたが、生徒たちに直接それを宣言したことは無かったので、何人かの生徒からそのことの確認のメールが来るようになった。中には、越川さん辞めちゃったんですか? と講師に聞いてくる生徒もいるようだが、そのうち死んじゃったんですかという話になるかもしれない。そういう噂が立つのを憚ってというわけではないのだが、月に一度だけ、基本的には絵画を専攻している浪人生の生徒を対象にして、絵画空間史というゼミを開くことにした。彼らはほとんど毎日絵を描くことはしているのだが、御多聞にもれず絵画の歴史についてはほとんど知識を持っていない。別にそれはいいとしても、絵画空間の変化がひとりの画家の突然の思いつきで生まれたことではなく、それぞれの時代の価値観や世界観の変化とともに生まれたということを、いわゆる美術史以外の視点も使って分かりやすく伝えてやれば、ただ描くこと以外の面白さも感じてくれるかもしれないと思っての試みだ。最初想像していた以上の参加者があり、90分以上のトークに居眠りする生徒もいなく、噂を聞いた現役高校生の中にも自分たちが参加できないのは不公平だというものも出て、今のところはまずまずの滑り出しである。足腰に持病を持ち、貧血息切れの私にはサーファーは到底無理だが、自由な時間が増えれば気儘なバイクのひとりツーリングもいいとは思うものの、自分で墓穴を掘るようなことを始めてしまってはとりあえず無理ということか。