山を造成して最近住宅地として開発したようなところは、そうなる前には狐か狸しかおらず、全く人の気配のなかった所のように感じたりもするが、実はそんなところはこの国にはほんの少ししかない。それどころか、人の痕跡は歴史の厚みの下に埋もれてしまっているのに過ぎず、実は、かなり濃厚に人の営みの記憶の残る場所だということも少なくない。言い換えれば、この狭い国のどんな場所にも、人の汗と血とが染み込んでいないところはないということか。今の住まいの近くの駅は、既にあった東海道線の駅と駅の間の山の中に開発が始まったのが30年ほど前だから、まさに新興住宅地そのものだが、意外にもあちこちに北条政子ゆかりの寺跡などがあり、どうやら鎌倉幕府絡みでいろんな出来事のあった所らしい。江戸時代の、東海道五十三次の保土ヶ谷の宿と戸塚の宿の中間点にあたり、一里塚なるものも残っているらしく、見えない人の足跡がくっきりと残されている場所のようである。以前長らく住んでいた藤沢も、そういえば古い歴史のある街だった。今はバイパスができたために車の往来も少なめになってしまった通りには、通りに面した所に細かな格子が残る蔵や古い商家が並んでいた。ちょっと足を延ばして鎌倉市内に入ると、そこら中が旧跡だらけだ。もともと名所や旧跡にさほど興味はないが、そこに人の営みがあったという気配を感じるのは面白い。

今、学校が使用している場所は、横浜駅から徒歩で10分ほどの旧東海道に面している。この道の東側は、江戸時代に描かれた絵を見るとすぐに海になっていて、遠くに本牧の辺りが岬のように突き出した、なかなかの景勝の地だったようだから、道の東側に建つこの建物のあるところは、正確には磯の上だったということになる。もちろん横浜駅の辺りは、当時の海岸線を基準にすればはるか沖の海の中ということだから、今の様子との落差が大き過ぎて、その状態をリアルに想像するのはなかなか難しい。震災の時に、駅近くの大型店舗の近くが液状化したのを見て、そうかこの辺りは埋め立てだったのかと思いだすくらいだ。片側一車線の目の前の小さな道が当時の主要な幹線道路で、それなりの通行量だったのかと思うと、これまた不思議な気がする。たまに大名行列が行き交うことがあったとしても、馬か、せいぜい籠や荷車程度のものしか無かったのだからこれでも十分だったのだろう。時々10人前後の年配のグループがウオーキングの服装で通りかかる。どのあたりまで旧東海道を辿っていくのだろうか、元気な人たちが少なくないから戸塚辺りまでは行くのかもしれない。このビルが建った時からテナントとして入居して、もう二十年以上経つ。当たり前の話だが、当時はピカピカの新築だった建物も、外見はともかく内部はいまではずいぶんと古びた印象になってしまった。オフィスの入った雑居ビルならば、もう少しテナントの方の使い方も丁寧だろうし、オーナーはテナントの出入りがある度に原状復帰するのが普通だから、少なくとも見た目は一定レベルを保つことができる。入居以来美術予備校として一棟借りをし続けて、その間何度も建物の中でアトリエを移動してきたために、特に油画のコースが使ったスペースを中心に床は絵の具だらけで、今や元のビニタイルの色も定かではないほどの有様である。まさか、絵を描いている生徒に床を汚すななどとは言えないし、知らずに服に付いた絵の具が壁に擦りつけられることだってある。オーナーのご厚意で一階の事務・受付のスペースだけはリニューアルできたが、作品を作るところは、せめて掃除だけはきちんとしながらこのままにしておく他はない。親元にいて大きな家に住んでいるか、よほどの幸運でもない限り、若い美術家が自分の作品を制作できる十分なスペースを持っていることは滅多にない。この建物を使い始めたころは、展覧会を控えたまだ若かった講師に、授業が終わった後のアトリエを自分の作品を作るスペースとして使ってよいということにしていたし、私自身も何度か泊まり込んで自分の作品を作った。それもアトリエの床が一気にオフィスビル離れをした理由のひとつだが、ここでは深くはそれに触れまい。学校というところは、生徒が帰宅した後の静寂がとりわけ深く感じられるところで、泊まり込んで作品を作っていて日付が変わる頃になりちょっと疲れてくると、急に物音が気になったりする。誰もいないのは明らかなのに、どこかほかの階で明らかにトイレの水を流す音がしたり、上の階の床に物が落ちたようなドスンと重い音が天井から聞こえたりする。占いや血液型の相性や幽霊話の好きな人ならば、これはもう、出た・見えたの話になって大盛り上がりするところだが、その手の話にまるで関心の無い私は別の恐怖に襲われる。過去に二度ばかり、この建物は深夜にかなり強引な強盗の侵入に遭ったことがある。非常階段に繋がる、鉄のドアにはめ込まれたワイヤー入りの大きなガラスが、数か所バール様のもので叩き割られ、事務スペースの机の引き出しやキャビネットがすべて物色された。盗るものも無い貧乏学校に押し入ってもただの無駄骨折りというものだが、運悪くその時に上の階にでも居合わせたとしたら、腹いせにとんだとばっちりを受けないとも限らない。トイレに行くつもりでアトリエを出た所で、ぱったりバールを手にした強盗と鉢合わせをするというのはあらまほしき図ではないから、一度物音が気になりだすとなかなか平常心に戻るのは難しい。

ある日のこと。誰もいないはずの真夜中に、エレベーターが1階のフロアから4階まで勝手に動いた。慌ててエレベーターを1階に呼び戻し、いざとなったらちょっとした武器に使えそうなものを手にして4階に上がる。しかし、4階には人のいる気配はなかった。4階から人が外に出た形跡も、誰かが非常階段から中に入った形跡も無かった。聞くところによると、それからも同じようなことがあったらしい。それはホラーじみたこととして話されているようで、目撃したものは慌てて帰宅したという。勘弁してほしいよな―などという声も聞こえるが、面白がっているのか本気で怖がっているのかわからない。電気製品には誤作動がつきもので、場合によっては違う機器からの電波の干渉ということも考えられるから、私は、メンテナンスの業者に連絡して誤作動の確認をするよう指示した。業者からの返答は、一応その確認作業はするけれども、エレベーターは本来、動作確認のためある時間帯に定期的に無人で動くようにセットされているとのことである。あまり見事に謎解きされてしまうと、なんだか肩すかしを食ったような気がしないでもないが、なるほどと腑に落ちた。やはりものの怪はエレベーターには用がなかろう。ところで、トイレと洗い場の水音とどこかの階の床の打撃音のふたつについては、まだ誰も納得のいく説明をしてくれていない。