生家は典型的な日本家屋で、二間続きの座敷の周りを囲むように縁側が設えてあり、縁側のひとつは庭に面していた。その縁側の突き当りには客用の手洗いが漆喰の壁を庭の隅に突き出すようにあった。玄関の間から庭に面した縁側に続く廊下から手洗いまで、長いL字型を毎日雑巾がけするのが兄と私の日課だった。バケツの水につけた雑巾を硬く絞って両手を雑巾に載せて、しゃがんだまま勢いよく廊下の端から端まで走り抜け、何度も何度も往復する。かなり寒い真冬でも、廊下の雑巾がけが終わるころには肩で息をしてうっすらと汗ばむほどの運動量だった。今の住まいで部屋のフローリングを拭く必要があっても、しゃがみ込んで雑巾を使うことは滅多になく、取っ手の付いた床拭き用の化学雑巾をもっぱら使う。その頃使っていた雑巾は、確かに見覚えのある浴衣の生地であったように思う。

田舎だったこともあるが、祖父と祖母が健在だったころの我が家は徹底したリサイクルを実行する家だった。たとえば、毎年年末に張り替える膨大な数の障子紙は、剃刀で丁寧に障子の桟に沿って縦に切れ目を入れ、下から慎重に剥ぎ取って細長い帯状にして保管する。それを今度は20センチ角と10センチ角くらいに何種類か切り揃えて、大きなものは汲み取り式のトイレの落し紙として使い、小さいものは一つひとつ指先でひねって「こより」を作る。その「こより」で、紙巻き煙草を短く切って吸うときに使うパイプの掃除をするのである。使い終わった風呂の水を、五右衛門釜の栓を抜いて流してしまうなどということもなくて、バケツで汲み取ってすべて庭に撒いていたし、米の研ぎ汁は植木の万年青に与えていた。使い古しの布に手を入れて使う拭き磨き用の布の類にも浄、不浄があって、台所で食器を拭くのは布巾、食卓を拭くものは膳布巾、雑巾も柱や壁を拭く雑巾と床を拭く雑巾は使い分けられていて、このヒエラルキーを覆そうものなら烈火のごとく叱られた。経済的には決して贅沢できる生活ではなかったが、家の中にいつもある種独特の清々しさのようなものがあったのは、こうした生活習慣があったせいなのかもしれない。いつも和服を身に付けていたのは祖母だけだったが、和服をほどいて染め直して、それを長い板に張り付けて軒下に並べるという光景も度々目にしていて、晴れ着が普段着に代わって終いには布団のカバーに使われた。木綿は、次々と用途が変わり続けた挙句の果てに寝巻やおむつを経て雑巾になる。こういう身の回りのものの再利用、再々利用のことを「始末」というと教えられた。なるほど始めから末までである。未舗装だった家の前の道路に窪みができて、雨降りで水溜りができるようになると、汁物の具の貝殻を水洗いしてその窪みに置いて、歩く人が踏みつけて細かく砕けることで平らにしていた。江戸の時代の研究家の書いた本など読まずとも、家から出すゴミなどほとんどない生活を実際に体験していたわけである。いつの頃からか、使いまわしの序列の下位のものから、それ専用の商品が出回り始め、その序列がどんどん遡って、使いまわすこと自体が無くなって、新品で使い始めのものがそのままの形でごみとして捨てられるようになった。断捨離などという言葉が使われて、いかに捨てられるかが世間の関心の的になるほど、ものが次々と作られてゴミになる。生ゴミをできるだけ出さないように、駐車場の奥に処理機のやや大型のものを据え付けるくらいが関の山で、私も今では自室の屑籠がすぐいっぱいになってしまうような生活をしているくせに、それでも体のどこかには捨てない癖が残っているものらしい。生徒が芸術祭のために80号くらいの油絵を描きたいという。キャンバスは生徒に買わせるとしても、80号の木枠までそのために買うのは高価すぎるから、家にある木枠の中から探してみて、もしあったら貸してやるよと安請け合いして、アトリエのクローゼットの奥をひっくり返したら適当な大きさの木枠を見つけた。やけに黒ずんだ木枠だなと思ってよく見ると、端のところに45-31と書いてある。長い間思い出したこともなかったが、これは私の大学での学生番号で、一年生の時にこの木枠を使って描いた絵もはっきりと覚えている。42年間も、一度しか使わなかった木枠を捨てずにいたということだ。

2005年の8月から、毎月2回休まずにこのコラムを書き続けてきた。所詮は素人の手すさびで形も中身もグズグズの代物だったが、塵も積もれば…の謂いで、今回を入れて157稿目ということになる。去年の暮れ、毎回欠かさず目を通していただいていた方の一人が突然亡くなった。折に触れて文章で触れたことを軽く話のタネに引用して下さるのが、知らず知らずのうちに励みになっていた。そろそろ潮時な気がする。始末をつけるには、切りのいい数字よりもよりも中途半端な数字で終わるのが、私にはなぜかふさわしくも思え、今回でこのコラムの連載を終えたいと思う。

時々、言葉も交わしたことのない方から、読んでますよ、と声を掛けられて思わず恐縮赤面したこともありましたが、こんな雑文に目を通していただいたすべての方に、心からお礼申し上げます。長い間ありがとうございました。